【弁護士監修】雇用契約書がないのは違法?関連する法律や双方のリスクを解説

2025/06/20 2025/06/20

監修:朝倉由美(弁護士。弁護士法人One Asia所属)

雇用契約書が手元にない、契約書を取り交していないまま働いている・雇用しているなど、雇用契約書が無いことに不安を感じたことはないでしょうか?本記事では、雇用契約に関する基礎知識から、雇用契約書がない場合の違法性、リスクや対策など、関連する法律などを交えて分かりやすく解説します。

そもそも雇用契約とは?

雇用契約とは、労働者が雇用主の指揮命令に従って労働し、その対価として雇用主が労働者に賃金を支払うことを約束する民法第623条に基づく契約です。
雇用契約は、労使間のトラブル防止のため、労働時間、賃金、業務内容などの労働条件や、労使双方の権利と義務を明確に記載した「雇用契約書」の取り交しや「労働条件通知書」を交付する形が一般的です。

雇用契約書がないのは違法?

原則、雇用契約書がなくても違法にはなりません。
契約は、民法で当事者間の意思表示が合致すれば成立する(書面の作成が契約の成立要件ではない)と定められており、雇用に関しては、民法第623条で以下のように定められているため、労使間で働くことや労働に対する賃金について合意があれば、口頭だけでも法的に有効な雇用契約が成立します。

【民法第8節 623条】
雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

引用元: 民法|e-Gov法令検索

【注意】労働条件を明示しない場合は法律違反

雇用契約書がなくても民法違反にはなりませんが、労働基準法15条で労働条件の明示義務が定められているため、雇用主が労働者に労働条件を口頭で伝えるのみで、労働条件が明記された労働条件通知書等の書面を交付しないなど、法令で義務付けられた方法で労働条件を明示しない場合は、労働基準法違反となります。

【労働基準法 第15条1項】
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

引用元: 労働基準法|e-Gov法令検索

雇用契約書と労働条件通知書の違い

雇用契約書と労働条件通知書の主な違いは、双方の合意の必要性や法的義務の有無となります。雇用契約書と労働条件通知書の比較表が以下となります。

雇用契約書 労働条件通知書
性質 雇用主と労働者の合意に基づいて成立する「契約書」 雇用主が労働者に対して一方的に交付する「通知書」
目的 労働条件の確認と合意の証拠 法令に基づいた労働条件の明示
法的義務 義務なし
※任意だが作成が強く推奨される
作成・交付の義務あり
(労働基準法第15条)
法的根拠 民法上の契約概念 労働基準法 第15条
使用方法 双方で署名や捺印を行い書面又は電子契約で締結する 雇用主が労働者へ書面または電子データで交付する
合意の有無 合意が必要 合意は不要

上記の通り、雇用契約書は、法律上の締結義務はありませんが、雇用主と労働者が一定の労働条件に合意したことを証明する重要な書類です。これに対して労働条件通知書については、作成するうえで労働者の合意は不要ですが、雇用主が労働者に対して労働条件を明示する義務があるため、必ず交付する必要があります。

雇用契約書がない場合のリスク

雇用契約書がなくても法律違反ではありませんが、どのような労働条件に双方が実際に合意したのかの証拠を残せないため、後のトラブルが生じるリスクや、トラブル解決が難航する可能性が高まります。雇用主と労働者のどちらにとっても不安要素となるため、雇用時には、可能な限り雇用契約書を取り交すことをおすすめします。

【注意】雇用契約書が無い場合の労働者側のリスク

雇用契約書を締結せずに働く場合、労働者側には以下のようなリスクがあります。

【1】労働条件の不明確さや認識のズレによるトラブルが生じるリスク
労働条件通知書のみでは、労働条件が明確に記録できず、口頭での約束は証拠になりにくいため、「言った」「言わない」などの後のトラブルが生じるリスクがあります。また、口頭のみのやりとりを元にした主張は、法的な争いをする場合に立証が難しいため、労働者側が不利な立場になる可能性があります。

【2】解雇や雇止めのトラブルで不利になるリスク
雇用契約書がないと、契約期間の定めの有無が不明確になる可能性があります。特に雇用期間の定めがない場合は、原則として簡単に解雇できませんが、期間の定めがある場合は契約期間満了で雇止めされる可能性があります。不当な解雇や雇止めによるトラブルが生じた際、雇用形態や契約期間に関する証拠が出せないため、自身の主張を立証することが難しくなってしまいます。

【3】不利益変更の立証が困難になるリスク
賃金の減額や労働時間の延長、休日数の削減、異動や転勤など、労働者にとって不利な労働条件の変更(不利益変更)は、原則、労働者の合意がなければ行うことができないものとなりますが、雇用契約書がない場合には、当初の労働条件を証明することが難しく、雇用主が勝手に労働条件を不利益に変更したとしても、不利益な変更であるとことを主張・立証することが非常に困難になり、不利益な条件を受け入れざるを得なくなる可能性があります。

【注意】雇用契約書が無い場合の雇用主側のリスク

雇用契約書を締結せずに雇用する場合、雇用主側には以下のようなリスクがあります。

【1】労働条件の不明確さや認識のズレによるトラブルが生じるリスク
雇用契約書がなく、労働条件が不明確なまま雇用すると、後に「言った、言わない」のトラブルが頻発する可能性があります。試用期間の扱いや、残業代の計算方法、退職時のルール、異動や転勤など、様々な点で認識のズレが生じ、賃金未払いや不当解雇などを理由とした労働審判や訴訟に発展するリスクが高まります。雇用契約書は、これらのトラブル発生時に、雇用主側の主張を裏付ける重要な証拠となりますが、それがなければ紛争解決が困難になります。

【2】訴訟・罰則の発生や信用低下のリスク
雇用主には労働者に対して、賃金、労働時間、その他の労働条件を書面(または電磁的方法)で明示する義務が労働基準法第15条により定められています。雇用契約書がないだけでなく、定められた内容が明記された「労働条件通知書」も交付していない場合は、この義務に違反することになり、30万円以下の罰金が科される可能性があります。また大きな問題に発展した場合は、企業のイメージダウンにもつながる危険性があります。

【3】未払い賃金や残業代、解雇・雇止めなどの金銭に関するリスク
雇用契約書がなく、口頭や曖昧な取り決めで雇用を行うと、労働時間、休憩、休日、賃金(基本給、手当、割増賃金率など)の正確な合意内容を雇用主側が証明することが困難になり、最悪の場合は、過去に遡って多額の未払い残業代や深夜・休日労働の割増賃金の支払いを命じられる可能性があります。また、雇用契約書がないと、試用期間の有無や期間、解雇事由、雇止めに関する取り決めなどが不明確になり、不当解雇と判断され損害賠償や未払い賃金の支払い、和解金や解決金などの多額の金銭支払いが生じるリスクがあります。

雇用契約書がなくても労働条件通知書があれば大丈夫?

原則、雇用契約書がなくても、労働条件通知書があれば問題はありません。
労働基準法第15条および労働基準法施行規則第5条では、労働条件通知書で明示すべき事項が定められているため、労働条件通知書のみで雇用を行う場合は、確実にこれらの事項を明示するようにしましょう。この明示事項は、書面で明示することが義務付けられている「絶対的明示事項」と書面での明示が必須とはされていない「相対的明示事項」の2種類に分けられるため、以下で解説します。

書面で明示する義務がある「絶対的明示事項」

絶対的明示事項とは、労働契約を締結する際に、雇用主が必ず書面で明示しなければならない項目です。これは、労働者の基本的な労働条件に関わるため、必要な事項に不備がある場合やしっかり明示されていない場合には、雇用主側は労働基準法違反となり、罪に問われる可能性があります。絶対的明示事項となる、書面で交付しなければいけない事項は、以下となります。

  • 雇用契約の期間(有期・無期、更新の有無や基準)
  • 就業場所と業務内容(将来的な変更の範囲を含む)
  • 所定の始業・終業時刻、休憩、休日、休暇
  • 残業(所定労働時間を超える労働)の有無
  • 賃金に関連する事項(基本給、締日、支払日、各種手当、計算方法、昇給)
  • 退職に関連する事項(自己都合退職の手続、定年、解雇事由)
  • 有期雇用の場合の更新上限、無期転換後の労働条件、無期転換申込機会

書面での明示が必須ではない「相対的明示事項」

相対的明示事項とは、雇用主が、会社の就業規則や制度、規定として定めている場合にのみ明示が必要となる事項となります。これらの事項を定めていない場合には、もちろん明示は不要です。

  • 昇給関連の事項
  • 退職金(退職手当)関連の事項
  • 臨時に支払われる賃金(賞与など)に関連する事項
  • 労働者が負担する作業用品や食費に関連する事項
  • 安全・衛生に関連する事項
  • 職業訓練に関連する事項
  • 災害補償や業務外の傷病扶助に関連する事項
  • 表彰や制裁に関連する事項
  • 休職関連事項

労働条件通知書はどんな内容にすべきか

法的な観点としては、労働条件通知書には、雇用主の規定等が無ければ、最低限「絶対的明示事項」が明示されていれば問題ないものとなりますが、前項でも紹介した通り、「相対的明示事項」も記載するような形が理想となります。厚生労働省公式HPのQ&Aでは、労働条件の明示の項目に関して以下の項目が回答されています。

  1. 労働契約の期間に関する事項
  2. 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
  3. 就業の場所及び従業すべき業務に関する事項
  4. 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
  5. 賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
  6. 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
  7. 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
  8. 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
  9. 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
  10. 安全及び衛生に関する事項
  11. 職業訓練に関する事項
  12. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
  13. 表彰及び制裁に関する事項
  14. 休職に関する事項

労働基準法第15条第1項には、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」と規定されています。具体的には労働基準法施行規則第5条第1項に規定されている以下の事項((1)から(14))を明示する必要があります(※1)。なお、(1)から(6)((5)のうち、昇給に関する事項を除く)については書面の交付(※2)により明示しなければなりません。

※1:(2)については期間の定めのある労働契約であって当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合がある者の締結に限り、明示する必要があります。
また、(7)から(14)については使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、明示する必要はありません。

※2:労働者が希望した場合は、FAXやWebメールサービス等の方法で明示することもできます。ただし、書面として出力できるものに限られます。

引用:厚生労働省|労働基準に関するよくある質問(回答)

また、厚生労働省のHPでは、労働条件通知書のテンプレートもダウンロードすることが可能となっているので、雇用契約書がなく労働条件通知書のみで雇用する場合は厚生労働省のテンプレートを使うこともおすすめです。
■厚生労働省|主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)

雇用契約書と労働条件通知書は統合できる?

実は、雇用契約書と労働条件通知書は統合することが可能です。 労働基準法第15条では、雇用主が労働条件を労働者に書面で明示する義務が定められており、この書面が一般的に「労働条件通知書」と呼ばれています。一方で、「雇用契約書」は、使用者と労働者の双方が内容に合意した証として署名・捺印(または電子署名)する契約書となります。この二つは役割が異なりますが、労働条件通知書として法的に義務付けられている記載事項を全て網羅した雇用契約書を作成し、双方で署名・捺印(または電子署名)を行うことで、両者の機能を兼ね備えることができます

雇用契約書と労働条件通知書の統合により、雇用主側の書類の作成や管理の手間を省き、労働者にとっても分かりやすい形で労働条件を明確にできるというメリットがあります。

また、労働条件を明確にすることは、双方にとって後のトラブルを防ぐことにもつながるため、雇用契約書や労働条件通知書の改善をお考えの場合には、統合を検討してみてはいかがでしょうか?

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