政府は、少子高齢化による労働人口の減少や育児や介護との両立などさまざまな背景から『働き方改革』を進めてきました。コロナ禍によるリモートワークの普及などもあり、多様な働き方としてフリーランスや個人事業主が注目されています。
需要の増加に伴い、フリーランスを取り巻く状況にも変化が生まれてきました。2021年3月、厚生労働省等は、フリーランスの働く環境について記載した「フリーランスガイドライン」を策定。フリーランスにおいても「独占禁止法」と「下請法」が適用される点、適用条件について詳細が明記されています。さらに 令和3年度成長戦略実行計画ではフリーランス書面交付の義務化が検討 されると報じられました。
フリーランスの働きやすさに配慮した施策が進む中、フリーランス側、発注者である企業側それぞれに注意すべきポイントが生じます。留意すべき法律や具体的な事例を挙げながら、詳しく解説します。
企業とフリーランス間の契約について
フリーランスは発注先企業にとって、数ある外注先の1つです。資本力も小さいフリーランスは発注先の要望を受け入れざるを得ない立場にあります。発注先である企業とフリーランスは対等な関係ではなく、受注先であるフリーランスが弱い立場に立つケースがほとんどです。
2021年3月、フリーランスをはじめとした新たな働き手を守り、発注者・受注者間の力関係を健全なものにすべく「フリーランスガイドライン」がまとめられました。適正な取引ルールを定める上で着目されたのが“独占禁止法”と“下請法”の適用です。
独占禁止法とは、「公正かつ自由な競争を妨げる行為」を規制する法律です。さまざまなルールが定められており、中にはカルテルや談合などを行い、不当に取引を行う場合などに適応されます。企業間の競争がなくなり、消費者などがデメリットを被る可能性があるためです。
そしてフリーランスが受注事業者として行う取引について、優位的地位の濫用にあたる行為が規制の対象となる旨が記載されました。当該ガイドラインでは「著しく低い報酬の一方的な決定」や「一方的な発注取り消し」など、優位的地位の濫用にあたる行為類型が例示されています。
同時に「発注時の取引条件を明確にする書面」=「契約書」の交付をしないのも、独占禁止法上不適切だと記されています。 下請法の適用を受ける場合に、発注者が発注内容について記載した書面をフリーランスに交付しない場合は、下請法違反となる と明記されました。
下請法とは、下請取引の公正化・下請事業者の利益保護を定めた法律です。
ただし、 下請法は資本金が1000万円以上の企業が親事業者(発注者)となる取引が規制の対象 とされています。ですから発注者が、資本金1000万円以下の企業の場合、発注者には下請法上の書面交付義務はありません。このような場合、発注者は契約書を作成せず口頭での契約がなされることも多いと思いますが、口頭での契約では思いがけないトラブルが発生してしまいます。よくあるトラブル事例を次の章でご紹介します。
企業とフリーランス間によくあるトラブル 5選!
発注側の企業、受注側のフリーランスで頻発する5つのトラブルを例に挙げて解説します。
【CASE1】契約内容がはっきりしない
発注側の企業も受注側のフリーランスも契約に対する認識が足りず、正式な契約書を作成せずに口約束やメールなどで行われる業務がまだまだ存在します。そのため、報酬がはっきりと決まってない状態で実際の作業をさせられ、結果的に低報酬だったというケースも頻発しています。業務範囲も明確ではないため、【CASE4】でご紹介する「後出し作業」のようなトラブルにもつながりかねません。
【CASE2】報酬を支払ってくれない
フリーランスにとって最も回避したいトラブルが報酬の未払いです。納品後、発注者と連絡が取れず、報酬が支払われないまま消息不明になる発注者もいます。他にも報酬を相談もなく減額されたり、一方的に支払日を遅くしたりなど報酬に関するトラブルは数多く報告されています。
また、「業績が悪化しているため、支払い期限を延長してほしい」「納品物の公開が伸びたため、その後に支払いを行いたい」「前任者の退職により状況把握できないから支払いの猶予を」etc、何かと理由をつけて支払いを遅くする、報酬を減額するなどの事例も見られます。どんな理由であっても、報酬を支払わないのは法令違反に該当するおそれがあります。
【CASE3】仕事をドタキャンされた
1カ月分の報酬が発生する仕事の依頼を受け、スケジュールを空けていたにもかかわらず「状況が変わったためキャンセルしたい」と業務開始2日前に連絡があった、いわゆる「ドタキャン」事例。これも場合によっては冒頭で紹介した法令に違反します。もちろん契約書が交わされ、「契約成立」していれば発注側の一方的なキャンセルは問題となります。逆に契約の成立前であればそれほど大きなルール違反とは見なされないのが実情です。
ただ、メールやチャットツールなどのやりとりでも「契約成立」が証明できる場合も少なくありません。契約が成立した上での一方的な発注取り消しは優越的地位の濫用や下請法の観点から問題となる可能性も。
【CASE4】打合せにない仕事が追加された
【CASE1】でお伝えしたとおり、契約内容が明確でないため業務範囲も曖昧となります。口約束などで発注した場合、最初の打合せにはなかった仕事が当たり前に追加されるケースも頻発しています。さらに、一定のクオリティ以上の成果物を納品しても何度も修正依頼をかけられたり、発注者の気分で修正を指示されたりとフリーランスが振り回されてしまうことも少なくありません。
【CASE5】著作権侵害や名誉毀損で訴えられた
フリーランスが携わった作品を別の機会に使用され、対価を支払わないなど著作権の取扱いに関してもトラブルとなる事例があります。案件に関わったことすら公表できず、フリーランス自身のポートフォリオへの記載を制限したケースもあります。また作品に関するクレームがあったという理由だけで、名誉毀損だとして損害賠償請求されるなどの事例も発生しています。
今後法改正により契約書の書面交付が義務化?
先にお伝えしたトラブルの発生は、契約書や発注書を交付し、内容を明確にしないことが主な原因となっています。多様な働き方の拡大、ひいてはフリーランスの適正な取引の保護に向け、政府も取組みを進めています。冒頭で説明したガイドラインの制定、成長戦略実行計画でのフリーランス取引書面化についての言及もその一環と言えるでしょう。
契約書や発注書の交付を義務づけるメリットは大きいです。弱い立場のフリーランスにとっては、自らの権利を守る利点もあります。 一方で契約書や発注書の内容を精査し、理解していなければさらに困った状況に陥る可能性もあります。 発注者である企業側にとっても、トラブルが生じないよう法律に則った内容を記載する必要があります。フリーランス、企業各々が気をつけるポイントをまとめてご紹介します。
【フリーランス向け】契約書が脅威に?契約書交付が義務化になったら注意する4つのポイント
発注内容が明確になるなど、契約書交付義務化はフリーランスが自身を守るためのアイテムとなり得ます。しかし、契約書は使い方次第ではデメリットとなる可能性もあるため注意が必要です。フリーランスにとって不利な内容の契約書である可能性も出てくるからです。
契約書交付に安心し、内容の確認がおろそかになってしまうことも考えられます。 実は自らに不利な条件の契約書でも、一旦締結してしまえば客観的証拠書類となってしまう のです。また、後々変更することが難しくなるリスクもあります。 フリーランスの権利に関連する法律を把握し、契約書の内容を理解する「契約リテラシー」の向上が不可欠となる でしょう。契約書の内容でチェックすべき内容、注意すべきポイントを詳しくお伝えしていきます。
【POINT1】仕事内容がどの契約にあたるか確認する
業務委託契約の法的性質には以下の請負、委任、準委任の3種類があります。まず、フリーランスとして携わる業務内容がどの契約にあたるかの確認からスタートです。フリーランスの業務は、請負契約に該当するケースが多くなっています。
- 請負契約 ・・・仕事の完成を目的とした契約。ホームページ作成や物品の加工などの成果物を作る契約で使用する。
- 委任契約 ・・・法律行為を委任する契約。弁護士や税理士などの士業との契約が該当。
- 準委任契約 ・・・法律行為以外の行為を委任する契約。成果物を納品するわけではないが、一定の業務に従事する契約。
【POINT2】契約書の内容を理解する
委託業務として、どのような内容を依頼されているのかを読み取りましょう。
その他、次の点は通常契約書に記載されている項目です。すべてに目を通し、理解しておくことが大切です。
- 委託業務の内容
- 委託期間、報酬額
- 支払時期、支払方法
- 業務担当者
- 再委託の可否(業務内容を他の会社、個人に再度委託できるかどうか)
- 権利の帰属(著作権の取扱いなど)
- 秘密保持(情報漏洩対策や個人情報保護関連の項目)
- 報告義務
- 禁止事項
- 損害賠償(下請法など法律に違反しないかも確認)
- 解約(契約解除)
なお、フリーランス向けの契約書作成する際においての注意点と上記についての詳しい解説は以下の記事で行っています。業務委託契約書のテンプレートも紹介していますのでご参照ください。
【POINT3】印紙がいくらか確認する
例外はありますが、委任契約では収入印紙は必要ありません。第2号文書・第7号文書にあたる請負契約には収入印紙を貼付する必要があります。収入印紙を貼り忘れると、印紙税法違反となり過怠税が加算されます。当初の3倍の過怠税が生じるおそれもありますので気をつけなければなりません。この点、紙の契約書では必要となる印紙も、電子契約書の場合は不要です。請負契約の場合、印紙代を節約するために電子契約を利用するのも一案でしょう。
【POINT4】情報漏洩に気を配る
契約書には業務に関するさまざまな事柄が記載された重要な文書です。紛失はあってはならないことで、それ自体が「情報漏洩」になりかねないので十分注意したいものです。
スペースを問わず業務を行えるのがフリーランスの魅力ですが、カフェやコワーキングスペースで仕事をする際は慎重に情報を扱うよう心得ておきましょう。
【企業向け】下請法を遵守しよう!契約書交付が義務化になったら注意する2つのポイント
下請法の適用を受ける取引をする場合、発注企業はフリーランスへの発注書面等を交付する義務があります。このように、何が下請法上の問題となるのかを理解した上で書面を作成する必要が出てきます。特に留意したいのが以下の2点です。
【POINT1】契約書を書面交付するだけじゃない!企業側の義務
下請法では、「親事業者」となる発注先企業が守るべき義務が以下の4項目定められています。
- 書面の交付義務
- 書類作成・保存義務
- 代金支払期日を定める義務
- 遅延利息支払義務
中でも1の書面交付義務は大きな意味を持ちます。即時に交付する必要があるだけでなく、内容も具体的記載事項をすべて記載している3条書面でなくてはなりません。
なお、3条書面を電子書面として発行したい場合、下請け事業者側に前もって承諾を得る必要があります。下請け業者側への事前承諾書の書式については、公正取引委員会・中小企業庁『下請取引適正化推進講習会テキスト』148ページにサンプルが記載されています。参考にするといいでしょう。
【POINT2】企業側の禁止行為
下請法の親事業者にあたる発注企業には次の11項目の禁止事項が課せられています。
場合によっては、フリーランス側が内容を受け入れているケースもあるかもしれません。また悪気なく、慣習で以下の内容を行ってしまう可能性もあります。しかし、いずれの場合も以下の規定に抵触すれば、下請法に違反しているものと見なされます。十分留意しておくことが重要になります。
禁止事項 | 概要 |
---|---|
受領拒否(第1項第1号) | 注文した物品等の受領を拒むこと。 |
下請代金の支払遅延(第1項第2号) | 下請代金を受領後60日以内に定められた支払期日までに支払わないこと。 |
下請代金の減額(第1項第3号) | あらかじめ定めた下請代金を減額すること。 |
返品(第1項第4号) | 受け取った物を返品すること。 |
買いたたき(第1項第5号) | 類似品等の価格又は市価に比べて著しく低い下請代金を不当に定めること。 |
購入・利用強制(第1項第6号) | 親事業者が指定する物・役務を強制的に購入・利用させること。 |
報復措置(第1項第7号) | 下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会又は中小企業庁に知らせたことを理由としてその下請事業者に対して,取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いをすること。 |
有償支給原材料等の対価の早期決済(第2項第1号) | 有償で支給した原材料等の対価を,当該原材料等を用いた給付に係る下請代金の支払期日より早い時期に相殺したり支払わせたりすること。 |
割引困難な手形の交付(第2項第2号) | 一般の金融機関で割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。 |
不当な経済上の利益の提供要請(第2項第3号) | 下請事業者から金銭,労務の提供等をさせること。 |
不当な給付内容の変更及び不当なやり直し(第2項第4号) | 費用を負担せずに注文内容を変更し,又は受領後にやり直しをさせること。 |
【まとめ】法改正にあわせた対策を!契約の運用・管理は電子契約がおすすめ
労働人口の減少、さまざまな事情を抱えた人材の登用などから、今後ますます多様な働き方が広がっていくでしょう。フリーランスと企業の関係についても法改正が進み、新たな対策が求められると予測されます。意図せぬ法律違反を行わないためにも、新たなルールに則った対策が欠かせません。
ただ、新たな対策を行うには手間も費用も必要になります。契約の運用・管理には効率的で労力やコスト削減も可能な電子契約をおすすめします。押印が不要、印紙代削減などメリットが大きい電子契約も検討し、新たな取組みを進めていきましょう。
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